大分県被団協

暗黒の原爆 -長崎の空

別府市  中村常俊

 腕をさし出して掌の幅、前方の対岸に見えるクリスチャン殉教の島、天草の上島、下島− 

有明海の早い瀬戸の海を挟んで、暁旅団中山中隊は、島原半島の突端、丘陵地域の中腹にある「早崎小学校」を駐屯兵舎として、守備警戒任務にあった。本土決戦の情報で切迫しつつあった昭和20年7月の夏ごろから、海峡上空には米グラマン戦闘機が吾がもの顔で飛来し、極秘守備陣地とされていた島原半島兵力を誘い出すように、海峡を往来する漁船を目標として、執拗に襲撃する日がつづいた。しかし、射程範囲1キロでは軽機関銃の射程には遠く、中隊で五基の警備兵力でうかつに発砲すれば、長崎海域守備が任務である暁旅団の作戦陣地の構成暴露につながるとして、発砲禁止の命令下にあった。

 8月9日中隊兵舎では、午前の訓練を終え、各小隊とも部屋で昼食前の雑談をしていた。そのとき、ガラス窓にカメラのフラッシュをあびたような広がりで、ピカーッと閃光がはしった。「おおっ」全員が立ち上がった。「なんだ」言葉が終わらないうちに「グワラ、グワラ、グワーン」と轟音と震度七か八程度の直下型地震が一緒になって兵舎を揺さぶった。とっさに「総員退避」を口々に、私は思わず双眼鏡を手に引っ下げ、校庭から裏山の監視地点に駆け登った。

   目を上げた空に、真綿のような純白の熱気球が千個もあるかと思われるほどの巨大な南瓜型の雲がムクムクと広がるのが見えた。

 白雲の真下根幹は、長崎半島先端に尾を引くように、その光はルビーの宝石色にも似た透明の紅蓮の炎が、巨大な柱のように走っているではないか。「あれは何か」「あれはー」「中隊長殿、海軍の演習でありますか」「いやっ、高射砲隊の海上発砲ですか」驚愕の質問が飛び交うが、無論誰れ知るよしもなく、その白い雲は高度三千メートル、半島をおおう広がりで、次第に薄い墨汁色に変化しはじめた。

 かくて、夕刻になるに従い、長崎上空は闇黒の雲が被いかぶさった。大隊本部に南瓜雲の正体確認を打電したが、僅かに判ったのは、「敵、爆雷投下により長崎方面大被害、詳細は音信不通により不明」であった。

 それから四、五日後長崎から船で村の港に着いた人が、戸板で運ばれるのを見たが、頭髪は焼けて膚色に見え、余りの痛ましさに問うこともためらわれ、合掌して見送った。

 四十年後の今、あのときの「ルビー色の閃光」は原爆により亡くなられた方々の魂の昇天の炎として、まぶた深くに写されて忘れ去ることはできない。合掌

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